そこで主催者の一人である三浦さんに始めてお目にかかりました。三浦さん始め会の主だった人達のお陰で、なんとかメールが打てるようになり、インターネットを通して故郷とも言える(私は大阪生まれ)高知新聞主催の「よさこい」MLに入りました。 ここで私のつたないメールを書く技術が伸びると共に、MLの楽しさを覚えました。 そうして後に高知県安芸市で門田さんが管理されている「シルバー高知」を知り、そちらへも入会しました。その翌年の春には「よさこい」を止めたと思います。
兎に角わたしがMLの楽しさを知ったので、1999年の秋くらいから、IIECのメンバーの方々にMLをどう思うか、聞いて回ったものです。 そして阿部さんが、「藤本さんやりましょう」と励ましてくださって、1999年のIIECのクリスパーティの時も相談し、MLをやろう、と大体決めたものです。
1999年から2000年に変わる年末に凄く流感がはやり、私も折角の家族の大晦日のパーティにも行けなかった事を思い出します。 先ずネーミングですが、トロント・シニア・ネットと言う名前も私が考えました。阿部さんも考えておられたようですが、私の案に賛成して下さったのです。
流感の為、無料のMLをやってくれる所を探すのが少し遅れましたが、お正月も過ぎてからの事でしたがそれを見つけるのに、私はまるまる一晩ほどつやしたと思います。その頃はまだ三浦さんの若い人達のネットもありません。 選ぶのに迷いましたが決心し、阿部さんのお名前、自分、そしてIIECの三浦さん、(事後承諾)、4番目にすでに入会申し込みをして下さっていた門田さんの4名の名前を入れ、ごちゃごちゃやっていたら、TSNの発足となっていました!
考えてみれば私がPCをやり出してまだ満2年になっていない時で、ML設立を励ましてくださった阿部さん、技術的なサポートをして下さる三浦さんを必要とし、MLの運営を門田さんのMLから学んだわけです。 以上の4人が、TSNの始まりでした。